ボラ

釣りをほとんどしなくなってから
時たま 釣りたての魚をもらうようになった

今回は相方の友人から釣ったばかりのボラを頂いた

釣りをしていた時もボラを狙って釣ったことはないが
水温が下がるこの時期
ボラがとてもうまくなることは知っている

河口で長い釣竿を動かして
専門に狙っている人の姿を目にすることがある

  ボラDSCN2001

今回頂いたボラは60cm弱
とても大きくて 一回には到底食べきれない

刺身や味噌煮 ヌタなどに料理してくれた
顔はちょっとグロで硬いウロコをまとっているが
身は締まって 顔から想像できないようなうまさがあった 

ボラと言えば 卵巣を加工したカラスミが超有名だが
その値段の高さでも名高い

今回頂いたものは内臓を処理してくれていたので
雄なのか雌なのかもわからなかった
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さらはち展

工房ささの笹部さんと綿摘み陶房さんが
陶芸展「さらはち展」を開催すると案内を頂いた

  さらはちDSCN1965       さらはちDSCN1967

笹部さんとは数年前から話す機会が増え
陶芸展にもよく顔を出して
情報交換をさせてもらい
かわいい器を楽しませてもらっている

場所:櫻ギャラリー
    徳島市北沖洲3-8-61
日時:3/4(土)~3/8(水) 11:00-18:00

今回はどんな作品に出会えるのか楽しみだ

コウノトリ再来

今日午後に予定していた韓国語講座が臨時休講になった
予習を中断して外に出てみるとコウノトリが
レンコン畑で餌を探していた

ただ今11時38分

慌てて撮影しPCに画像を取込み ブログにアップしている
今まだレンコン畑にいるだろう
  ウノDSCN1979

拡大してみると背中に発信機が見えるので
メスのウノちゃんのようだ
  ウノDSCN1972

水の少なくなった畑を繰り返しつついているので
クチバシ途中まで 泥がついている
  ウノDSCN1970

枯れたレンコンの茎を避けながら歩くので
高く足をあげるのが滑稽に映る

追っかけもやってきた
ただ今車が三台とバイクが一台停まっている
  ウノDSCN1982

コウノトリ定着推進連絡協議会からの推定では
18日から抱卵に入ったとの報道があった

今はきっとオスのコウちゃんが卵を抱いているのだろう
(cozyは勝手にオスをコウちゃん メスをウノちゃんと呼んでいる)

陶工房84巻

3月発刊の陶工房を買ってきた

特集記事は現代陶芸アカデミズム
東京芸大の豊福先生等美術大学による陶芸記事が載っている

陶工房DSCN1969

豊福先生は2013年の徳島県展美術工芸部門の審査の先生だった
審査の間 cozyの作品にはあまり興味を示して下さらなかったが
結果発表されると準特選を頂いた
半ばあきらめかけていたので意外な結果に驚いたのを今でも記憶している

その豊福先生が全体講評でおっしゃたことが
「まずバランスよく目を引くデザインであること
そのうえで磨いた技術が作り込まれていること
素材を生かすよう常に気を配ること」だった

このことを心に留め作品作りを行なっている

このほかに新しく基礎釉の展開という特集シリーズも始まった

忙しくて読書の時間があまり取れないが
時間を見つけて早く読みたいと思っている

コウノトリ抱卵?

我が家の裏にあるレンコン畑からはすっかり水が抜かれ
殆どの畑からはレンコンが掘り出されてしまった

 蓮根DSCN1964

先月まで水をたっぷり湛えザリガニやオタマジャクシが
群れている姿を目にしたが 今はすっかり姿を消してしまっている
この状態では残念だがコウノトリの餌場にはならないだろう

前回コウノトリの飛来があってから
しばらく見かけていなかったが
つい先日抱卵したのではないかとのニュースが飛び込んで来た

先月20日ころにはマウンティング(生殖行動)が観察され
月末には本格的な巣作りが開始されたと報ぜられていた

そして先週から このような↓ 行動を
二羽がかわるがわるしているとのことだ
抱卵し始めたのではないかと思われる

昨年より1か月ほど早い

 抱卵か
 画像は鳴門コウノトリTwitterより拝借

昨年生まれた卵は巣で温められていたが無精卵の可能性が高く
しかも最後には親鳥が巣を離れたすきに
カラスの餌食になるという残念な結末だった

今年はうまく二世が誕生するよう願っている

唐辛子粉砕

年末に友人から頂いていた大きなレモン
直径は10cmを超えていた

 レモンDSCN1762

あまりに大きいので皮も利用しようと
薄く削いで天日干ししておいた
柚子数個も酢を絞った後の皮を
同じようにからからに乾かした

秋に収穫して駐車場に干していた唐辛子も
たくさん採り込んだ

そこで陳皮唐辛子を作ることにした

 皮DSCN1935    唐辛子DSCN1939
  柑橘類の皮      青唐辛子

これらをそれぞれミルミキサーにかけて粉砕した
ミルミキサーが連続使用に耐えられないので
何度にも分けて粉砕し粗目の篩を通した

 粉砕DSCN1950

出来上がったのは左の陳皮唐辛子
右は粉砕陳皮

使用したのは青唐辛子なのでもう少し軟らかい辛みを期待したが
一振りでも結構厳しい辛さだった
でもかすかに香って来る柑橘系の香りがとてもいい

青唐辛子と一緒に鷹の爪も育てているため
混ざった性質の唐辛子ができたのかもしれない

今後少し調合割合をかえて楽しんでみよう

体験陶芸

相方の友人のN川さんが先日来房された
その時に作陶をお誘いするとぜひやりたいと乗り気だった

今日初めての陶芸体験にお越しになった

何を作りたいかを予め考えて来られたので
すぐに成形に取り掛かることにした

フリーカップを作ることになった

 体験DSCN1961
 成形作業中

なにせ初めて経験する紐作りなので
アドバイスしながら最初はcozyも手を出して
成形を手伝った

最初は土との戦いに戸惑いながらも
そのうちうまくやり始めた
もともと手先が器用な方とお見受けした

少し手伝っただけでこんな立派な器が出来上がった

 体験DSCN1962
 出来上がったフリーカップ

次は素焼き後の絵付けですが
絵付けも当然のことながら 
もう一度成形に挑戦されるとのこと
お待ち申しております

経験すれば問題点が見えて来て
どんどんうまくなりますよ

楽しく作陶していただければ
cozyもとっても嬉しいです

ぜひまたお越しください


朝刊に載りました

大学研究室の後輩の絵本作家・やまさきじゅんよさんの
えほん「とくしまからきました」の発売記事が
今日の徳島新聞に載った

 絵本DSCN1959
 徳島新聞記事(クリックすると読めるはず)

いつも本を買っている本屋さんに取り寄せを頼んでおいたら
入荷したとの電話をもらったので
早速購入してきた

 絵本DSCN1960
 絵本の一部(無許可ですみません でも宣伝のためです)

ページ一杯に徳島の名所や名物 名産品が書かれていて楽しいし
阿波弁での紹介がとても和やか

ほのぼのとした絵本に仕上がっている

徳島の良さを再発見し心を豊かにするこの絵本 
是非本屋さんでお求めください

上板熱中小学校

相方がインフルエンザの診断を受けて4日目
cozyにうつらないかと冷や冷やしながら過ごした

念のため医者でタミフルの予防投与の措置をしてもらった
 


感染したかなと思った症状が出始めたときもあったが
幸いすぐに収まり問題なさそうだったので
上板町で行われた熱中小学校のオープンスクールに参加した

熱中小学校とは全国7カ所で行われている大人の社会塾で
「7歳の眼で社会を」を合言葉に
純粋な気持ちでいろいろなことを学ぼうという集まり

上板町ではふるさと創生事業の給付金をこれに充て
100人の受講生を集め 4月から開講される

それに先立ったオープンスクールだった
今回の受講者は150人までといいうことだったが
立見もあったのでおそらくそれを超えていたであろう

まずは七條町長の挨拶

 熱中DSCN1951
通り一遍の話だったので何を言ったかよく覚えていない
確か秋には東京にも開校すると言っていたような...

校長の瀬部君も町長も小学校からの同級生

講義は第一講が四国女子短大の加渡先生
人生90年時代 お金と時間の使い方 と題して
人生の折り返しをうまくお金と時間を使って
楽しく学ぼうというオープンに最適な講義だった
加渡先生はこの日のために藍染めのジャケットを作ったとの話だった

 加渡DSCN1954        熱中DSCN1956
 藍染ジャケットの加渡先生      中村先生

第二講は民間月面探査チーム「HAKUTO」のリーダー中村先生の講義
国家からの支援に頼らず 民生機器を使って製作した
月面探査機を月に届け 月面のデータを地球に送るという
夢のような壮大な計画を実現しようとしている話だった

いずれも楽しい講義で二時間があっという間に過ぎた

早速4月からの開講のための受講申込みを行ない
受講料を納めてきた
4月から6か月間 月2回くらいのペースで
さまざまな分野の講義が行われる

6月には中里隆先生の陶芸も準備されている

更には藍栽培や情報技術の基礎 古民家再生などの
課外授業も予定されている

いまから開講を楽しみにしている

岡野俊一郎氏 逝去

早くも2月となり節分が過ぎてしまった
時の経つのは早いものである

今朝新聞を開き岡野俊一郎氏が亡くなったことを知った
日本の近代サッカーの祖とも言える方である

cozyが小学校の時はサッカーという言葉もなかった
当時は「蹴球」と言われていた
今「蹴球」を正しく読める人が何人いるだろうか
それ程サッカー後進国が当時の日本だった

その頃の日本代表はドイツのD・クラマー氏による技術指導を受けていた
岡野氏はその当時から海外のサッカー戦略と技術を日本に取込もうと
働いた一人だった

cozyは中学の時バレーボールをしていたが
監督の先生に指示されて
なぜかサッカーの普及のために
クラマー氏の指導するサッカー教室の映画を
隣町に勉強に行ったことを覚えている
それ程日本のサッカー界はみすぼらしいものであったし
サッカー人口の増加を目指し始めていたのだろう

岡野氏がそれにどうかかわったかは知らないが...

岡野
岡野俊一郎氏(ネットより拝借)

岡野氏は語学が堪能であったため長沼監督下では代表コーチに加え 
クラマー氏の通訳という2つの大役をこなした

当時の監督の長沼は国際試合でコーチ岡野をベンチに入れるために
選手登録を1名抹消したというのは有名な話だ

かつて三菱ダイヤモンドサッカーという番組があり
アナウンサーの金子氏と共に岡野氏が解説を行い
1960年代から80年代の海外サッカーを紹介してくれた

その頃は海外サッカーを見ることができる番組がなかったため
夢中になってジョージ・ベストやボビー・チャールトンを見た

cozyが高校生の時に行なわれたメキシコ五輪では
当時メダル獲得の期待が全くかけられていなかったが
銅メダル獲得となりこれにも岡野氏の貢献が功を奏したと言われている

その後2002年のW杯日韓大会を誘致し成功させたのも
岡野氏の功績が大きい

常に日本のサッカー界 スポーツ界を牽引してくれた
岡野氏の冥福を心よりお祈りする
プロフィール

pottery cozy

Author:pottery cozy
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陶工房/宏磁窯の他愛ない出来事を綴ります

ニックネーム:pottery cozy
都道府県:徳島県
性別:男性
血液型:AB
その他:1951年生まれ,射手座

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